東日本大震災の年、首都圏は祭りやイベントを自粛し、駅構内や商業施設など
では照明を落として、東北への哀悼を表しました。
それから5年後、埼玉県の中学校で卒業祝いの会食予定日が3月11日となりまし
た。教職員から「東日本大震災のあった日にお祝いなんて非常識」という声が一
部で上がり、「食材を既に発注して準備を整えた」市教委は困惑したという報道
がありました。ところが、2016年熊本地震の4月14、16日や、昨年能登の震災は元
旦については、お祝い事を自粛せよとはなりませんでした。
実は、東日本大震災の年、被災地からは「東京は日本の中心です。一緒に沈み
込んで日本を暗くせず、明るくしてください」という声も起こっていたのです。
足がけがをして胃袋が同情し、食べることを自粛したら、足は困ります。食べて
栄養をつけて欲しいのです。歯が痛むとき、足が一緒に悲しんで歩くこと止めた
ら、歯はもっとうずきます。一緒に悲しんでくれるより、歯医者に連れて行って
欲しいのです。そうして、共に喜べるようにして欲しいということです。悲しみ
の記念日などを設け、心理的な強制で一緒に暗く沈むことなどしないほうがいい
のです。
聖書は、「泣く者といっしょに泣きなさい」(ロマ 12:15)と教えます。「泣く
者と一緒に泣く」ことも大切です。私たちは被災地に思いを馳せて祈り、時間を
見つけて復興支援に駆け付けます。しかし、ただ一緒に泣くだけでは、泣く者を
喜ぶ者に変えられません。「神の国」は、どんなときでもいつも喜び、すべての
事に感謝できる恵みの世界です。泣く者と一緒に喜べるようにすることこそ、私
たちの務めです。
ところで「震災の日には祝い事を自粛するのに、キリストの死の日はドンちゃ
ん騒ぎしていいのか」という声があったそうです。しかし、主が十字架にかから
れた金曜日は、グッドフライデーです。二日後の復活という勝利が、十字架の金
曜日を喜びの日に変えました。悲しみの日を喜びに変えていくこと、それが「神
の国」の働きです。(2025年2月23日週報)
