時間がいっぱいある生活

ベルギーのナミュールは、「時間があり余っている町」なのだそうです。町
のシンボルはエスカルゴ(かたつむり)で、中心街の広場にはエスカルゴのオ
ブジェが置いてあります。実は、このエスカルゴ、オリに閉じ込められていま
す。なぜか。一旦、エスカルゴが逃げ出すと、ナミュール人には捕まえられな
いからです。なぜ捕まえられないのか。エスカルゴの逃げ足が速いからではな
く、ナミュール人の足が遅すぎるからです。ナミュールのレストランでエスカ
ルゴ料理を食べるときは、銃弾が残っていないか注意しなければなりません。
なぜか。エスカルゴは鉄砲で撃たないと逃げられてしまうからです。エスカル
ゴよりも動きが遅い人々の町、それがナミュールです(なのに住民は蘭、仏、
英などの言語が話せます)。
さて、佐久に引っ越しして、はや1年8か月、70歳で地方に住んで少しは
時間に余裕が出たような気はしますが、むろん、ナミュールのように「時間が
あり余る生活」というわけにはいきません。ただ東京よりはマシという暮らし
です。
それにしても、なぜ人々はこんなにも多忙で、世の時間の流れが早いのでし
ょうか。私が子供の頃は、時間があり余って、退屈で退屈でしかたがなかった
という記憶があります。しかし、今の子供や学生には時間がありません。これ
では、一生が短くなる(感じられる)ことでしょう。
ところで、モーセがこう祈っています。「私たちの齢は七十年。健やかであ
っても八十年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは
早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです」「どうか、朝には、あなたの恵みで
私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてく
ださい」(詩篇90:10、14)。
「喜び歌い、楽しむ」時間がいっぱいある生活をしてみたいですね。無理だ
とあきらめず、ゆったりとした暮らしを目指しませんか。ナミュール人はそん
な生活を自ら創り上げました。きっと何かを放棄すればいいのだと思います。

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