(「神の存在証明4」の続きになります)
② 存在を否定された神とは、いったいどんな神なのか
ところで、「神の存在証明」で指摘した矛盾は、「非存在証明に」についても突きつけなければなりません。つまり、そもそも神の非存在を証明する前に、神とはどんな存在なのか知っているというのは、やはりおかしな話だということです。存在しない神の本質をどうやって定義するのでしょうか。「一般的に語られる普通の神のことだ」という人がいましたが、その「普通の神」とはいったいどんな神なのでしょうか。
神の存在を否定する人たちは、ともかくもまず、神の存在とその性質を仮定しなければなりません。そして「神が存在するとしたら、この世の現象や、科学の事実と矛盾する。したがって神は存在しない」というふうに結論付けるわけです。しかし、それは自分が想定した神が、自分の理屈には合わなかったということにすぎません。人間の体験や知性や理性の枠組みを越えた神が存在する可能性を、否定したわけではないのです。
たとえば、S.ホーキングの場合、神を宇宙の出現の原因と定義し、こう述べています。
「宇宙は何の助けもなく自発的に出現できる。原因がなくてもビッグバンは起る。・・(宇宙が出現する)原因があるとすれば、そこに至るための時間が必要だが、(宇宙には)その時間がないからだ。私にとってそのことは、創造主が存在していたはずの時間がないのだから、創造主が存在する可能性はないということを意味する」(『ビッグクエスチョン』)。 しかし、ホーキングは、「宇宙は原因がなくても出現できる」という物理学的、あるいは数学的可能性に言及しただけで、前述したように、創造神の非存在そのものを証明したわけではありません。また、「創造主が存在していたはずの時間」という言い方は、「神は時間の中に存在して、時間に制限されている」と想定していることになります。結局、彼は「時間に制限された創造主」という自分が定義した神の存在を否定したにすぎないのです。時間や空間の外側にいる永遠なる神を否定したわけではありません。彼がなぜ神をそのように定義したのか、私には驚きです。そんな神なら、私も信じません。

