(「神の存在証明4~6」の続きです)
②存在を否定された神とは、いったいどんな神なのか(続々)
神の存在を否定できたと言う人に対しては、「あなたが存在を否定された神はどのような神ですか」「神とはそのような神であることを、あなたはどこで、どのようにして知ったのですか」「その知り方が、神を知る正しい知り方だと、なぜ言えるのですか」といった問いかけを重ねていくことができます。結局、どんな神も、人間の頭の中で始まったのだ、ということがわかるでしょう。
創世記1章26、27節に、
“神は、神に似せて、神のかたちに、人間を造られた”
とありますが、人間のほうは、人間に似せて、人間のかたちに、神々を作ってきました。それら人間が作った神々の多くは、木石や金属の偶像になりました。残りは、人間の頭の中で概念として存在しているだけです。私も、そういう神々は存在しないと思っています。
中には、私が存在しないことを証明しているのは、「聖書の創造神だ」という人もいます。でも、聖書の神がどんな神か、本当に理解しているのでしょうか。聖書を、聖書の意図通りに読んでみたことがあるのでしょうか。なので、聖書の神の存在を否定なさる方は、ほとんどの場合、聖書の神を知らないまま否定なさっているのです。
結論を繰り返して言うなら、人間には、神の存在証明も、非存在証明もできません。
神は、人間にその存在を証明してもらわなくても、存在するなら存在するし、人間の理屈で存在を否定されても、やはり存在するものは存在します。神の存在は証明の対象ではないのです。それゆえ、人間の理屈で証明しようとすればするほど、神の存在はその現実から遠のいていくように思います。
以上の議論に納得いかない方もおられるでしょう。しかし、人間の側からどんなに議論を重ねても、結局は、人間の議論で終わります。私とは正反対の結論を出しても、やはり人間の理屈にすぎないと思うのです。

