しかし、「信じる」は、けっして悪いことではありません。むしろ「信じる」ことこそ人間の本質であり、優れた能力です。人間は「信じる」ことによって生きています。
最近、イスラエルの歴史学者ユバル・ノア・ハラリが、「宗教(神)は人間が作り出したフィクション(幻想)だ」と唱えて、日本のメディアにもよく登場しています。とはいえ、その考え方自体は新しいものではなく、19世紀の哲学者ニーチェが唱えた「虚構」のバリエーションの一つです。
もちろん、宗教だけでなく、人間が生み出したものは、すべてフィクションです。簡単に言えば、人間の思い込み、あるいは人間相互の取り決めです。言語、貨幣、帝国、国民国家、権力、権威、哲学、社会思想、道徳も、その起源が人間であるかぎり、すべて虚構、フィクション、共同幻想ということになります。多くの人がその価値や意味や力を信じ認めることで成り立っているものだからです。だれもが信じなくなったら崩れ、葬り去られてしまいます。
進化論や科学理論でさえも、究極的には虚構です。限られた人間の五感(感性)と理性によって組み立てられた世界観だからです。また、人間理性といっても、結局は脳内の物質の化学現象ですから、すべて脳内化学現象が作り出している虚構と言えましょう。
ハラリは無神論者ですが、彼自身、自分が作り出したフィクションを信じている人です。そして、『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』という著書によって、自分の構築したフィクションを世界に信じ込ませようとしているわけです。いわば、彼の信仰です。
人間は、何らかの虚構を生み出して、それを信じることで、自分の存在意義を見出そうという生き物です。これが人間の本質なのです。
人間は信じることで生存しています。たとえ虚構であったとしても、何かを信じなければ人は生きてはいけません。

