神による神の存在証明12
2)自然による「神の存在証明」(続き)
*ところで、人間の側からの理屈では、宇宙は偶然に発生した、とされています。そして最新のマルチユニバース理論(多元宇宙論)によれば、我々人類が存在するようになった宇宙は、無数に生じる宇宙の中の一つに過ぎないと説明されます。生命が偶然発生したのも、その生命がおよそ38億年かけて人類にまで偶然に進化してきたのも、そういうふうに進化する宇宙がたまたま発生したのだ、というのです。数学上の計算が、そのような形而上的可能性を示唆しているからです。
こうした理論を信じることが何を意味するのか。ビッグバン以来139億年を経た宇宙に、人類がごくわずかな時間現れて、宇宙と人間の起源を探り、自分の存在の偶然性と無目的性を思い知り、やがて永遠の忘却の中に宇宙もろとも消えていく、ということです。しかも、その宇宙自体が何の存在意味も目的も有せず、偶然に発生し、偶然に消滅するだけなのです。なんとも不気味な宇宙です。
人間は死を恐れます。永遠を欲します。そんな人間を、宇宙は偶然に生み出してしまいました。もちろん、宇宙は人間の苦悩と願いの解決にはなってくれません。なぜか。人間を生み出した宇宙自体が、無数の宇宙の中で、偶然に生じたにすぎないからです。
(そんな宇宙の片隅で、死を恐れている人間が、生存をかけて殺し合っているわけです。そして今や、自滅しかねないほどです。愚かどころの話ではありません。)
人間には「知りたい」という強い欲求があり、その知的好奇心で、宇宙を探究し続け、ついには自分の存在を無目的化する宇宙論に行き着いてしまいました。人間は自らの知識と理屈でそんな理論を生み出したのです。さらに、こうも言えます。宇宙は、そんな宇宙論を生み出す知的人類を、偶然にも生み出したのだ、と。
宇宙自体は、偶然以外の何の答えも持っていません。心を持つ人間にとっては、何とも残酷無慈悲な宇宙です。
人間が自分を基準に、自分の能力で考え出す宇宙論を信じるなら、正気では生きられません。アルベール・カミュが言った通り、私たち人間は「病気」(狂気)の人生を生きるほかないでしょう。

