神の存在証明28

<唯物論について> 

唯物論とは、宇宙に存在するものは、物質とエネルギーだけであり、すべては自然法則で動いていると信じる立場です。宇宙の始まり、天体の運動から、生物の進化、人間の精神活動、心の動き、つまり理性による思考、道徳的判断、宗教心、恋愛感情、喜怒哀楽、平安、欲望などにいたるまで、すべては物質の運動、化学現象として説明します。

崇高な愛も、惨い犯罪も、それに感動したり怒りや悲しみを覚えたりすることも、すべては物質の現象です。しかも、宇宙という物質世界は、もともとは偶然に始まったのであり、その宇宙の中で起こることもすべては偶然の現象です。もちろん、人間も宇宙に偶然に進化して、偶然に私とあなたという人間がここにいるということです。

この考え方には、二つの矛盾があります。

一つは、人間が、物質世界全体、つまり宇宙の外に立って宇宙の全体を見渡しているかのように語っていることです。宇宙全体を見渡せていなければ、宇宙は物質とエネルギーで成り、自然法則だけ動いていると結論できません。唯物論では、人間も物質のかたまりにすぎません。その物質である人間が、物質宇宙の外に出て、物質宇宙全体のことについて物申すわけです。宇宙のことはまだ1%もわかってはいません。なのに、まるで神の位置に立ったかのように論じるのです。「物質」が神になるのです。「物質」の傲慢です。

二つ目は、「宇宙は物質とエネルギーだけであり、すべては自然法則で動いている」と考えているのは、人間の脳だということです。その脳の働き自体が、物質の化学現象なのです。物質とエネルギーが自然法則によって動いている脳が、「宇宙は物質とエネルギーだけであり、すべては自然法則で動いている」と結論しているわけです。「物質」が自分で自分の事を物申しているわけです。「てめえで言ってりゃ世話ないぜ」です。「物質」が、その真偽をどうやって確かめるのでしょうか。

もう一つ、矛盾というのではありませんが、加えておきます。人間の生命活動がただの物質の運動にすぎないのであれば、生命の死とは、物質の運動が終わるだけのことです。生命に尊厳などないことになります。殺すとは、ある物質の現象を終わらせることです。人間の大量殺戮、戦争も、ただの物質の現象です。これが唯物論です。

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