キリストの愛を知っているか

「人を赦さないなら、あなた方の父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」(マタイ6:15)

キリストの十字架で表された愛の深さ、広さ、高さをどれほどわかっていますか。と、問われたら、「わかっているつもりですが、どれほどわかっているのかはわかりません」と答えるほかありません。ただ、十字架の大きな愛を実感する体験を、人生で何度も重ねていきたいと思います。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです」(ルカ23:34)というキリストの十字架上の言葉で、キリストの愛を実感した人は多いでしょう。

自己中心で、自己破壊的で、的外れな人生を送ってきたことを自覚した人間にはなおさらです。「わからなかった」では赦されない世の中で、「わからなかった」ですべての罪を赦そうとされるのが神様なのです。

私たちは今まで、「あの人があんなことをしたのは、自分で何をしているのかわからなかったからだ」と、気前よく人を赦したことが何度あるでしょう。そして今、自分を裏切り、傷つけ、罵り、いや、殺そうとさえする人を、「わからずにいるのだから」と赦せる度量が備わっているでしょうか。「はい」とは、とても言い切れません。そう考えれば、主の愛の深さがいっそう身にしみます。

最近、こんな言葉に出会いギョッとしました。「もし世の人々をキリストの憐れみの心で受け入れず、赦さず、逆に卑下したり批判的に見たりしているのなら、キリストがあなたのために十字架にかかられたことの本当の意味を少しも理解していないのだ。」

もっと端的に言えば、「人を赦さない人は、キリストの愛が全然わかってはいない」ということです。

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