エペソ書①自分の何を紹介するか

「神の御心によるキリスト・イエスの使徒パウロから、キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ」(エペソ1章1節)。

「神の御心によるキリスト・イエスの使徒」。この端的な自己紹介に、人ではなく神に選ばれて使徒になったという誇りと、自分の能力によって立ったのではないという謙遜さが表れています。パウロが、「エペソの聖徒たち」に知ってほしいのは、自分のことではなく、キリスト・イエスのことだけですから、これで十分です。

自分を誇る人たちは、能力、学歴、経歴、地位、業績などを披露したがります。それで自分を何者かに見せかけようとします。今は、そうして自己アピールをする時代でもあります。でも、それらはうわべを飾るだけで、その人の本当の姿ではありません。それらが取り除かれた後に残るものが、本当の自分なのです。 

人間パウロにも、出身、学歴、能力、経験、働きにおいて誇れるものがたくさんありました。しかし、それを誇ることは愚かだと知っていました。それらの誇りが取り除かれたあとに残るキリストこそが、パウロの本当の自分だからです。 

私たちもこの世で多くのものを所有しますが、それらはすべて消え去ります。若い頃から磨いてきた知識、技能、体力、美貌も衰えていきます。衰え消え去るものは「私」という存在に何の価値も加えません。しかし、持っているものがすべて取り去られても、私たちにはキリストが残ります。キリストが私たちのすべてです。ガラテヤ書でパウロが語っているとおり、キリスト以外に誇りとするものがあってはなりません(6:14)。

パウロは、エペソのクリスチャンを「キリスト・イエスにある忠実な聖徒たち」と呼びます。キリストだけが、パウロとエペソの人々をつなぎます。パウロと私たちもそうです。キリストでつながっています。時代を超え、地上の国籍を越え、私たちも互いにキリストだけでつながっています。 それゆえ、私たちもパウロのように、キリストの忠実なしもべであることを誇りにしていきたいと思います。

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