スマトラ島沖地震で起きた津波(2014年12月26日)で14万人を越える死者・行方不明者を出していますが、スリランカ南東部のヤラ国立公園は大被害を受けたのに、野生動物の死骸が発見されていないという報道がありました。「同国最大の鳥獣保護区である同公園には、ヒョウや数百頭の野生のゾウが生息しており、今回の津波では、沿岸から3キロ内の公園が洪水状態になった。ところが奇妙なことに、ゾウはおろか、野ウサギの死がいも未だ発見されていない」そうで、野生動物保護の担当官は、「動物には天災を感知する能力があり、第六感で異変が起きる時を知るのだろう」と述べています(ロイター)。
残念ながら人間にはそのような危機察知能力はありません。メディアや当局の警報や避難勧告がなかったことが死者を増やしましたが、それはつまり、人間は警告なしには自分の命を守れないことを物語っています。
では、警告があればみな助かるかというと、そういうわけでもありません。警告されても気付かない人たち、そして気付いても従わない人たちが必ずいるからです。
被災者の中には、聖書に出てくる「ノアの洪水」を想起したという人もいました。ノアの洪水の時は、全地は水で覆われ、箱舟に乗ったノアの家族8人と一緒に乗った動物以外は、死に絶えてしまいました。実は、洪水の前に警告があったのですが(Iペテロ3:20)、箱舟を造って助かる準備をしたのはノアの家族だけだったのです。主イエスは「ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです」(マタイ24:38~)と語っておられます。
私たちの人生においても、神は警告したり逃れる道を示したりされています。しかし、それを感知する人と感知しない人がいます。そして、感知しても、従う人と従わない人に分かれます。感知し従う人だけが救われるのです。
危機を察知し、逃れる道を見出すためには、1週間を主日礼拝を軸に暮らすこと、毎日の御言葉の学びと祈りを怠らないことに尽きます。それを怠っていると、いざという日に後悔することになります。(2005年1月2日)
【バンコク=林田裕章】インドネシア・スマトラ沖地震による津波に襲われたタイ南部のリゾート地カオラックで、津波襲来の前、波がまだ穏やかな時に、海浜の観光用のゾウ8頭が、激しい叫び声を上げていたことが分かった。
ロイター通信などによると、ゾウが叫び出したのは、スマトラ島沖で地震が発生した直後の12月26日早朝。ゾウの生態を知り尽くしているゾウ使いにとっても、聞いたことのない叫び声だったという。ゾウはいったん泣きやんだが、1時間後、再び叫び声を上げたかと思うと、観光客を乗せたまま、林を抜けて丘へ疾走。ほかのゾウも頑丈な鎖をかみ切って逃げ出したため、多くの観光客もあわてて避難したという。その直後、巨大な津波が襲った。
津波は1キロほど内陸まで押し寄せたが、ゾウたちが逃げ込んだところまでは届かなかったという。 (読売新聞)

