エペソ書㉗「神の家族」

「こういうわけで、あなたがたはもはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです」2:19)。 

私たちはキリストを信じることで、イスラエルの民と同じ国籍を持つ者になりました。また、キリストの花嫁として神の子どもとなり、キリストの体である教会に属する者になりました。つまり、神の国の国民、神の家族とされたのです。 

人種も民族も言語も文化も性格も異なる者たちが国籍や時代を越えて同じ神の国に属し、敵対していた者たちが神の家族になるとは、何という祝福でしょうか。神の国の家族は、賜物と役割は異なっていても神の前に平等に扱われ、等しい地位と権利を持ちます。誰でも神に近づき、神と自由に交わり、礼拝できるのです。 

ところで、今日、日本のどの社会も、どの世代も、孤独化が進んでいます。三世代家族の団欒ははるか過去の遺物となり、核家族も解体し、単人(?)住いになってきています。親しい友がいなければ、人の心は病みます。寂しさは生きる喜びや気力を奪います。本来、人間は一人で生きるようには造られていないからです。主なる神は、「人が、ひとりでいるのは良くない」とされました。人は一緒に暮らすことで幸福なのです。 

教会の「神の家族」としての価値と役割はこれからますます大きくなるでしょう。教会には血縁者のない方々がおられます。家族のある方々も、いずれ地上に一人残されることになるかもしれません。教会は第一に、主を礼拝する信仰共同体ですが、主にある兄弟姉妹の団欒の場でもあるのです。 

神の家族は、キリストの十字架の苦しみによって生み出されました。主を信じた者は神の家族になったのです。神の家族になるかならないかは、選択の問題ではありません。クリスチャンなら神の家族なのです。教会という神の家族を大切にしたいと思います。

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