一つにならなければ未来はない

紀元70年、イスラエルの都エルサレムはローマ帝国によって陥落し、完膚なきまでに破壊され、壮麗な神殿も焼け落ちました。両軍の激戦の果てに壊滅したのではありません。実は、ローマ軍に包囲され、住民は飢えに苦しんでいるにもかかわらず、大祭司・サドカイ派や熱心党各派が主導権争いをし、血の抗争を繰り返しているうちに内部崩壊したのです。ローマ軍はただエルサレムを包囲して、「リンゴが熟して木から落ちるように」、ユダヤ人側が自滅するのを待っていればよかったのです。 

タルムードはこう記しています。「第二神殿はなぜ崩壊してしまったのか。それは盲目的な憎しみのためである」。 

人間は罪人です。人類はその罪の性質を余すところなく発揮し、歴史にその記録を残しています。すなわち、人種、民族、国家、社会、集団、家族まで、すべてにわたる領域で、憎悪と分裂と流血と破壊を繰り返してきたのです。それは、キリスト教会も例外ではありません。キリストの平和を実現しても来ましたが、他方では分裂して互いに争い合っても来たのです。まことに罪人というのは、悪事においては一致しても、正義や愛や善においてはなかなか一つにはなれない生き物です。 

しかし、もう悠長なことを言ってはいられません。21世紀の世界は、1世紀のエルサレムと同じ状態になっています。地球は今や火の点いた建物、沈みかけた船です。地球はいつまでも人間の身勝手な欲望や争いに持ち堪えてはくれません。国々が戦えば、地球ごと焼けてしまいます。そのときには、どちらが悪いかなどという議論はまったく成り立ちません。 

20世紀初頭の話ですが、英国のアーネスト・H・シャクルトンの探検隊28名が南極で遭難しました。「全員が団結していてさえ、生き延びる可能性はほんのわずかだ。もしばらばらになり、勝手な行動を取ったりしたら、そのわずかな可能性も消える」。そんな極限状況に陥りました。隊員の中には問題児もいました。しかし、シャクルトン以下全員が心を一つにし、1年半に及ぶ想像を絶する苦難を耐え抜いて、一人残らず生還しました。奇跡です。 

21世紀はまさにその奇跡が必要です。世界は、シャクルトン隊と同じ極限状況に次第に追いつめられています。内部争いをしたらおしまい。誰かが身勝手な行動をしたら破滅。人類が生き延びるには、民族と民族、国と国の和解が最低限の条件です。 

そんな時代、私たち個人に何ができるのか。分裂に加担しないことです。他国、他民族を憎まないこと。個人の生活においても、これ以上憎悪、分断を増やさないこと。一つでも和解を成し遂げることです。(2005年6月12日)

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