エペソ書㊳「どう満たされるのか」

エペソ3章19b節「こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように」。 

神の満ち溢れるものに満たされること、それが神の国の祝福です。 

私たちを満たすことを願っておられます。それゆえ「あなたの口を大きくあけよ。わたしがそれを満たそう」(詩81:10)と言われます。神の祝福で満杯になれば、周囲にこぼれ流れ出ます。そうなって初めて、神の豊かさを知ったといえます。それほどに満たされた人が、日本の国にはたくさん必要です。 

しかし、主イエスを信じて永遠のいのちを受けているはずなのに、神の「満ち満ちたさま」を具体的に享受していない人が少なくありません。それは、神の国の価値観ではなく、相変わらず世の価値観で生きているからです。 

日本では、経済的豊かさ、外見、学歴が三大価値観になっています。自分に限ってそんなことはないというクリスチャンも、実際には、それらを得るために、礼拝よりも仕事や学業の都合をけっこう優先させています。数字での評価に左右され、嫉妬したり劣等感を持ったり、逆に優越感を持ったりします。また、外見が美しく見えること、若くみえることを気にしています。「私はあの人のようではなくてよかった」と心の中で思ったりもします。 

世の価値観で生きることについて、いろいろ弁解はあると思います。しかし、世の価値観で生きる限り、神の「満ち満ちたさま」を味わうことはありません。たとえば、経済力の有無、外観や学歴を優先条件にして結婚相手を決めるなら、満たされない結婚生活が待っているでしょう。一緒に御言葉を学び、礼拝し、祈る家庭生活が期待できないからです。 

神の国の価値観とは、聖さ、愛、義(正しいこと)、平安、寛容、親切、柔和、謙遜、忍耐、自制心、誠実、忠実です。この価値観で自分を評価し、人柄を見るならば、人生は一変するはずです。自分については謙虚になり、世的な欲望が減り、自己中心性が消え、人に対しても劣等感や嫉妬を感じることはなくなっていきます。神の「満ち満ちたさま」は、この謙虚さ、無欲さ、平安の中で味わえるようになるのです。 

そのために大切なのは、日々、坦々と御言葉を学び、祈り、礼拝することです。御言葉の通りに生きることを願い、その通りできずとも、悔い改めて主に立ち返り、また学び祈ることを繰り返し続けることです。

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