遺伝子操作と新しい創造

遺伝子工学で遺伝子を操作し、今まで地上に存在しなかった新しい生物を作ることができるようになりました。クローン技術で同じ遺伝子をもった人間を作ることも可能で、クローン人間は既に誕生していると言われます。生物学者の中には「われわれは『神の手』を持った」と豪語する人もいます。 

しかし、科学技術でどんな人間を作ることができるようになっても、愛の豊かな人間、心清らかな人間、忍耐強い人間を創造することはできません。遺伝子を操作しても、罪を犯さない遺伝子を作ることは、罪人である人間には不可能なのです。むろん、クローン技術で造り出せるのは、本人となんら変わらない「罪人」です。 人間の世界はいつもそうですが、罪が人間を支配し、悪がはびこり、争い、殺人、盗み、姦淫、虚偽が茶飯事です。遺伝子操作でどんな人間が作り出せても、その能力が増せば増すほど、悪の質が高度化するばかりでしょう。歴史を振り返っても、科学が発展すればするほど悪の破壊力が増してきたことがわかるではありませんか。遺伝子操作は、人類の終わりを早めるだけのことです。遺伝子操作に希望はありません。 

しかし、そんな罪の性質を持った人類に対し、聖書は古くから、キリスト信仰による「新しい創造」があることを語ってきました。罪と悪の支配から解放された「新しい人」の創造です。人類に必要なのは、罪人の能力増大再生産ではなく、この「新しい人」の創造です。「古い人」が死んで、「新しい人」が生まれることです。この「新しい創造」にのみ人類の希望があります。 

人は生まれるかどうかを自分で決められませんでした。生まれたい自分を選んで生まれることもできませんでした。生まれて物心ついたら、自分になっていました。しかも、罪に支配された自分、望まない自分です。しかし、人は二度目の誕生をすることができます。それが「新しい創造」です。この二度目は、生まれるかどうかを自分の意志で決められます。罪に支配された「古い自分」のままで一生を過ごすか、キリストに似た「新しい自分」に生まれるかの選択です。 

「大切なのは新しい創造です」(ガラテヤ6:15)。(2005年11月5日)

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