エペソ4章4、5節「体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれたのと同じです。主は一人、信仰は一つ、洗礼(バプテスマ)は一つです」(共同訳)。
日本は、すっかり相対主義、多元主義、多様性重視の社会になりました。多様な「体」があり、様々に異なる「霊」があり、思い思いの「希望」があり、多くの神々がいて、様々な「信仰」があり、人々は多様な世界観の洗礼を受けています。要するにバラバラなのです。善悪の基準も一つではなく、個人の都合次第で変わります。社会道徳や結婚・性倫理は状況次第、価値観も十人十色です。それが自由で、個性的で、進歩した文化なのだともてはやされます。
そんなバラバラの中で、人類は破局に向かっています。地球温暖化阻止のタイムリミットは2030年と言われるのに、国々の多様な考え方や利益が優先され、世界は一つにはなれません。国民の多くは、自分のライフスタイルを変えません。
他国に侵攻してミサイルを打ちまくり町々を焼き尽くそうとする国があるのに、世界の国々はそれぞれの思惑や戦略のために、一つになって戦争を止めることができません。それどころか侵略国を擁護する国々もあります。逆に侵略されている国を批判する知識人もいます。これを機に軍備拡大に走る国も増えるでしょう。それぞれ神々の異なる「霊」で動くのです。ただただ、滅びの日に向かって一直線です。
しかし、人類の思想やライフスタイルがどんなに多様化しても、地球は一つしかありません。人間がどんなにたくさんの種類の神々を作っても、真の神はおひとりしかおられません。どんなに多様な夢を描いても、人類の希望は一つしかありません。人類の未来のシナリオも一つしかありません。人類の救いも一つしかありません。平和も、十字架で敵意を葬り去られたキリスト以外にはないのです。
聖書は古より変わることなく、唯一の神、唯一の救い主を指示してきました。世界がどのように多様化しようが、私たちは変わることなくキリストの平和だけを掲げます。どんなに愚かに見えようが、キリストにある希望だけを呼ばわり続けます。

