下りられなければ失敗

30年ほど前、家族5人で富士山登山に挑戦したことがあります。4人は次々脱落し、最終的に登頂したのは私だけでした。日本一の山に登ったこと、父親の威厳を守ったことで、晴れ晴れとした気持ちになりました。 

しかし、下山のとき両膝を痛め、歩行困難になってしまいました。立っていることさえも辛く、登山道に張られたロープにすがり、激痛に耐えつつ、すべるようにしながら下っていきました。砂埃を上げるので登山者にはいい迷惑でした。もう自力下山は無理ではないかと、泣きたい思いでした。見かねた登山者たちが、「大丈夫ですか。救急隊を呼びましょうか」と声かけてくださいましたが、なぜか微笑しながら「大丈夫です」と答えてしまうんですね。いやな習慣です。なんとか降りるには降りたのですが、どうやって降りたのかは記憶がありません。 

それ以降も、山に登るたびに下山に苦しめられました。一度は転んで岩に額を打ちつけたこともありました。さて、新聞に「山で遭難する中高年が後を絶たない。死者・行方不明者の約9割が40歳以上」という記事がありました。そこに登山家で医師の原眞さん(70)のこんな言葉が紹介されていました。「登山の本来の目的は下山。それが一番難しい」「頂上に登ることしか考えず、吹雪など過酷な場面に直面すると、下山の判断も、考える力もなくす」。 

登山の最終目的は下山。名言です。下山できない登山者は死です。 

飛行機も、最終ゴールは着陸です。着陸することのない飛行は墜落です。人生も、降りることを考えて、頂点を目指すべきです。高い目標を掲げて邁進することは大切ですが、へりくだることも心得ておくべきです。達成しても、高慢になれば、すべてを失います。多くの人がそれで失敗するのです。 

1920年、イギリスの登山家ジョージ・マロリーがエベレスト初登頂を目指しました。彼は「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか」と問われて「そこにエベレストがあるからだ」と答えたそうです。しかし、初登頂に成功したかはわかりません。というのは下山できず、75年経って遺体で発見されたからです。 

「なぜ山に登るのか」。正解は「下山するためだ」に訂正すべきだと思います。 (2006年11月6日)

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