第2週 感謝⑧

すべてのことを感謝できる自分を感謝する 

主が私を「この私」に造ってくださったことを感謝できたら、感謝できる自分をすごいなあと思います。試練や患難さえも感謝できるようになれたら、自分は途轍もないことができているのだと思います。そんなふうに、どんなことでも感謝できるようになった自分を、主に感謝します。 

私はいうまでもなく不完全な人間です。できないことがたくさんあります。でも、できないことを悩むより、できることを数えて感謝します。できなかったことをいつまでも悔やむよりは、できたことを喜ぶように心を切り替えます。曲がりなりにも御言葉を実践できたら、そのできたことを感謝します。 

私たちは「すべてのことを感謝しなさい」という命令を受けていますが、その「すべて」とは、自分に起こった良きことだけではなく、「起こらなかった悪しきこと」も含むべきなのです。 

もし何事もなく、健やかに暮らせていたら、悪しきことが何も起らなかったことに感謝します。これはけっこう難しいことです。 

予防医学という研究があります。それは、病気にかかる前に病気を阻止することを目的とした研究です。この研究は明瞭な成果を示せません。病気にかからなかったことが成果だからです。病気を治す医療は感謝されても、病気にならないよう予防した医療はほとんど感謝されません。 

戦争や自然災害で人の命を救ったことは感謝されますが、戦争や災害が起こらないように前もって阻止したことは、正当に評価されることは余りありません。それが当然のことなので感謝の対象にはなりにくいのです。 

災いのない毎日の平安と平穏、平和な社会にも感謝することは大切です。でないと、平穏、平和に慣れて、主の恵みを忘れてしまいます。 

神の国に生かされている人は、感謝すべきことを捜し出して、感謝します。その人は思い煩い、妬み、怒り、愚痴から解放され、すべてのことに神の恵みを見出せるようになります。 

「感謝する」という語はギリシャ語でユーカリステオーです。その語の中に「カリス」(恵み)が含まれています。つまり、聖書における感謝は神の恵みに対する自然な反応なのです。

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