聖書は、「はじめに神が天と地を創造された」と宣言します。神が万物
を創造し、所有し、目的と意味と計画を定め、動かされるのだという告知
です。それが、全知全能の神がすべてを治められる「神の国」です。
神の国では、「創造主なる神が万物の基準」です。造られたすべてのも
のの価値、意味、目的、倫理は、造った方自身がお決めになります。歴史
も社会も人間の生活もすべて、神が定められた基準で動きます。神の基準
とは、神の性質である聖さ、神の愛と義です。そして「神の国」の歴史の
ゴールは神(キリスト)の栄光です。このように「神の国」は徹底的に創造
主中心の世界です。
一方、「神の国」に対し、「人間を万物の基準とする」世界があります。
創造主を無視し、人間自身が神のようになり、人間が存在するものの価
値、意味、目的、倫理をすべて決定します。しかし、人間は創造主のよう
に全知全能ではありません。不完全であり、人間の五感だけによる経験と
理性ではこの世界を正しく知ることはできません。しかも、人間には欲望
があり、その欲望で価値観、倫理観、人生観を定めていきます。徹底した
人間中心主義、人間至上主義です。
しかし、人間中心主義と言っても人間は多数です。人種も民族も国家も
多数です。民族ごと、人ごとに世界観、価値観、倫理観は異なります。時
代によっても異なります。では、誰が人類の世界観、価値観、人間観を決
めるのか。「強い人間」「強い国家」です。こうして世界は混乱し、争いが
絶えることはないのです。
この世界を創造された愛なる神を中心に生きるか、それとも被造物にす
ぎない不完全な人間にそれでも信頼して生きるか。明かなのは、人間を万
物の基準として信頼している限り、人間に希望はないということです。
