そのとき私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき諸国の人々は言った。「主は彼らのために大いなることをなさった。」主が私たちのために大いなることをなさったので私たちは喜んだ。(詩篇126:2、3)。
大島希巳江という英語落語家が、こんなことを語っています。「笑いは敵を作らず、平和的関係を築く重要な役割を果たしている」「UCバークレーの調査では、一日20分笑うことで、人は大きな病気にはならない、という結果が出ている」と。
笑いには緊張をほぐす効果があります。日本人は失敗すると、照れ隠しで笑う習性がありますが、それをみっともないと批判する人がいます。以前、サッカーの国際試合でシュートミスをした選手が、笑みを浮かべている顔がテレビに映し出され、批判が集中したことがありました。しかし、当の選手は日ごろから失敗しても気が動転しないように、笑みを作ることを心がけていたそうです。チームメイトも、あれは心を落ち着かせるための笑いだと弁明していました。高校野球で、投手が連打されてもマウンドで笑みを浮かべているのもそうです。しかも、相手側に余裕があるように見えさせもします。
むろん、自分の失敗が人に不利益を与える場合は、笑うべきではありません。しかし、くよくよ考えてもどうにもならぬことは、独りで笑って、忘れて、前に進むほうがいいでしょう。ユダヤジョークは迫害されるゲットーの中で生まれたそうです。闇に閉じ込められたときに、生き延びるための力になったのです。私たちも、もっと笑いを増やすべきでしょう。
「復活祭の大笑い」というのがあります。死で敗北して終わったはずのキリストが復活する大勝利を、喜び、大笑いするのです。ならば、「クリスマスの大笑い」というのがあっていいではありませんか。闇の中に、大いなる光が来たことをお祝いするのですから。
主は、奇跡のどんでん返しをなさり、私たちの口を笑いで、舌を喜びで満たしてくださいます。逆に、私たちの笑いと喜びが、主のどんでん返しを呼び込むこともあります。(2025年12月21日週報)
