人の話を聞いてあげることは大切です。
以前、あるクリスチャンからこんなことを言われました。「私には、これだけは牧師よりも勝っていると言えることがあります。それは、人が百回同じ話をしても、初めて聞くかのように聞いてあげられることです」。知り合いの牧師に話したら、「それは、スゴイ!偉いよ、その人は。私は2回が限度だよ」と絶賛してくれました。確かに、私もその人の足元にも及びません。
ペテロがキリストに、人を赦すのは「七度までですか」と尋ねたとき、「私は、七度を七十倍するまで、と言います」と答えられたことが思い出されます。愛は忍耐、寛容、親切です。
ユダヤ教のタルムードにこんな話があります。妻との関係が悪くなった男性がラビに相談に来た。ラビは「奥さんの話す言葉に耳を傾ける術を身に付けなさい」と忠告した。一か月後、男は再びラビを訪問した。「ようやく妻の言葉に耳を傾けられるようになりました」。すると、ラビは「では、これからは奥さんが語らない沈黙の言葉のすべてに耳を傾けてご覧なさい」。
妻の沈黙の言葉が聞けるようになったら、おそらく次の課題は「その沈黙の言葉に、沈黙のうちに応えてあげなさい」でしょう。
「聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい」(ヤコブ1:19)。そして、人の話す言葉も心の奥の言葉も聞くことができ、それに応えていけたら、人間関係はどんなに改善され、互いのつながりはどんなに深まることでしょう。
主は聞き上手です。間違いなく私たちの祈り、賛美、叫びを聞いておられます。もちろん心の奥の声も聞いてくださっています。そして、私たちが打ち砕かれた心で、主の声に耳を傾けることを願っておられます。

