人が育ち、教会が成長するには

私たちは学校で、「日本は国土が狭い上に、山国で平野が少なく、資源にも乏しい国だ」と習います。人こそが資源であり、日本人は勤勉に学び、働かなければならないと、教えられたはずです。そうして実際に、日本人は勤勉な民族になりました。石油など出なくてよかったのです。「この国に石油なんてあったら中東みたいに(紛争地域と)なる」(菊池哲郎『常識の壁』)のです。日本は、四方が海であることを生かして貿易立国となり、高い道徳心と科学技術で経済的繁栄を築きました。また長年平和であったことが、繁栄を安定させました。 

ところが今や、日本は世界一の借金国になりました。天然資源がなかったことが、日本人の質を高め、勤勉さ、道徳心を育てたのだということを、日本人は忘れつつあります。 

キリスト教会も、そこに集うクリスチャンの信仰と愛の質によって、支えられています。建物の立派さや、会員の数の多さや、会員の能力、学歴、知識、経済力の高さによるのではありません。そうしたものがあって悪いわけではありませんが、それに依存したり誇ったりしていたら、教会は衰退します。 

教会は建物ではなく、人です。キリストは人のうちに住まわれるのであって、建物に住まわれるのではありません。「ふたりでも三人でも」(マタ 18:20)キリストの名によって集まるところに、キリストは臨在されるのです。教会はキリストの体であり、私たちはその体に属します。私たちの信仰と愛の質を高めることが、教会の質を高めることです。  

いや、私はとても自分の信仰や愛を誇れるものではありません、と言われる方もおられるでしょう。本気でそう思うなら、できることはただ一つ。謙虚になることです。そんな人が「ふたりでも三人でも」いれば、教会は育っていきます。2011年

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