神の存在証明19

神による神の存在証明7

1)歴史による「神の存在証明」(続き)

④イスラエル民族を通して、メシア(キリスト)が生み出されたこと

神は、イスラエル民族(ユダヤ人)を通して、人類の救い主(メシア)であるイエス・キリストを世界に送り出されました。聖書は、このキリストを人類への最大の祝福としています。

このキリストについても、歴史上の不思議があります。

第一に、神が、キリストの誕生を、その数百年以上前に、旧約聖書の中で予告されていたことです。神は、キリストがいつ頃、どこで生まれ、どのような扱いを受け、何を成し遂げるかを、多岐にわたって語っておられました。いわば、歴史に予約と予定を入れておいて、キリストを送られたのです。そして、そのとおりにキリストは登場されました。このように歴史に予約と予定が入っていた者は、キリスト以外にはいません。

第二に、神は、人類の歴史をキリスト以前と以後に分けるように、歴史を導かれたことです。今日、世界で、紀元前(BC. Before Christ)と紀元後(AD. Anno Domini主の年に)という紀年法が共有されています。つまりキリスト暦、西暦です。確かに、キリスト教が西洋で支配的になり、その西洋が産業、科学、軍事、文化において強大となり、その力を背景にしてキリスト暦が世界に広がったことは事実です。もちろん、西洋諸国がしたことをすべて肯定できるわけではありません。それでも、歴史をキリストの誕生で区切る紀年法が世界で用いられているのは、偶然ではありません(CEも結局はキリスト紀元)。

第三は、神がキリストを十字架に付けた結果、十字架の意味が180度変わったことです。

十字架は、キリストの時代、ユダヤの地を支配していたローマ帝国が採用した死刑の道具です。死刑囚に長時間、苦痛の極限を味わせる恐ろしい処刑方法です。それゆえ十字架は、まさに死と憎悪、呪い、絶望の象徴でした。死刑囚に最大限の憎しみと呪いがぶつけられたからです。

しかし、キリスト以後は、十字架は死から命、憎悪から愛、呪いから祝福、絶望から希望の象徴に変わりました。これは歴史的な出来事です。その証拠に、教会に十字架が立てられていても、教会を処刑場だと思う人はいません。赤十字病院、白十字病院のシンボルも十字架ですが、人殺しのための病院だとは思いません。人の命を救う場所だとだれもが知っています。また、永世中立国のスイスをはじめ、十字架を国旗のデザインに使っている国は少なくありません。北欧諸国、トンガなどもそうです。十字架によって、命と愛と祝福と希望を標榜しているのです。

このように、十字架の意味が正反対に変わったことは、まぎれもない事実です。ここにキリストによって表された神の愛と力があります。

神は、ユダヤ人キリストによって、ご自身の存在を歴史に現しておられるのです。

何度も繰り返しますが、これは神の側からの「神の存在証明」であって、人間が人間の理屈でどう受け止めるかを問うているのではありません。

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