ほめると怒る

(2003年執筆)

女子高生の宮里藍さんが、女子プロのゴルフ・トーナメントで、アマとしては30年ぶりに優勝しました。高校生としては初めてという快挙で、先週、それをはずみにプロ転向を決意しました。

藍さんは幼い頃からレッスンプロの父親に指導を受けてきました。父親は彼女の二人の兄に対しては厳しく、たびたび手が出ましたが、彼女に対しては逆にまったく叱ることをせず、「ほめる」ことに徹したそうです。結果は、兄たちより先に優勝。

しかし、そんな藍さんも中学2年生のとき、一度だけ気絶するほど頬を平手で叩かれたことがあるといいます。長電話をし、それが父の耳に伝わって問いただされた際、彼女は知らぬふりをしたのです。

ゴルフは、選手がスコアを自己申告します。人が見ていようがいまいが、絶対にウソは許されません。正直であるということで成り立っているスポーツなのです。嘘をつく、ごまかす習性のある人はゴルファーにはなれないといってもいいでしょう。だから、ウソをついた娘を父は許せなかったのです。そんな習性は、若いときにきっちり摘み取っておかなければなりません。

ところで、キリストはほめることを惜しんではおられませんでした。弟子たちだけでなく、貧しいやもめ女、百人隊長やカナンの女などの信仰を称賛、時には絶賛されています。しかし、神聖な事が汚されたり大事なことが損なわれたりしたときは、激しく怒り叱責されました。神の家が強盗の巣にされていたことや(マタイ21:23)、パリサイ人の偽善に対してです。あるときは、愛弟子ペテロに、「下がれ、サタン」(マタイ16:23)と、激しく叱責されたことがあります。ペテロが神のことを思わず、人間の心情で主の邪魔をしたからです。主は、怒りで、何が最も大切なのかを表現されました。

私たちは、常習的にけなしや小言を口にしてはないでしょうか。「けなしと小言を言ってもらったおかげで、私は立派になれました」という人はまずいません。怒りは小出しにせず、本当に大切なことが破られた、ここぞというときのためにしまっておくのです。何に怒るかで、その人の価値観も見えてきます。

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