エペソ書⑧奥義とは、キリストにあって一つにされること

「神はこの恵みを私たちの上に溢れさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって御心の奥義を私たちに知らせてくださいました。それは神が御子において予め立てられた計画によることであり、時がついに満ちて、この時のための御心が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものがキリストにあって一つに集められることなのです」(1:8~10)。

奥義とは、人間の知性には隠されているが、聖霊によって特定の人たちに啓示されるもののことです。ここに記されている奥義とは、「時が満ちて、天地にある一切のものがキリストを中心に一つに集められること」です。

「時が満ちて」とはキリストの再臨の時です。天地のすべての現象やあらゆる人間の営みは神の摂理のもとに動いていますが、やがて「時が満ちれば」そのすべてがキリストのもとに集められます。歴史の中で様々な国が勃興しては滅び、様々な文化が栄えては消え去っていきました。そんな歴史がキリストに帰一する日が来るのです。その日、キリストが王としてすべての民族や国々を治められ、一つの政治、一つの文化、一つの礼拝に統一されます。

また人類が始まって以来、「唯一真の神」を信じた百億以上の人々が、民族や人種や時代を越えて一つに集められ、「イエスは主」と崇めます。異なる言語、異なる賛美や祈りの形式、異なる服装でキリストを礼拝する人々が、一堂に会しているのを互いに見て驚くことになるでしょう。賑やかな教会も静かな教会も、大きな教会も小さな教会も、礼拝や伝道の方法の異なる教会も、対立し合っていた教団教派の教会も一つにされます。そのとき、私たちはなぜ同じ兄弟姉妹でありながら疎(ウト)みあったのかと、恥じることになります。

また、初代教会や迫害時代のクリスチャンに出会い、彼らの信仰の偉大さに圧倒され、自分の信仰が生温ったことを思い知ることでしょう。

その日、天上の神の国と地上の神の国がキリストにあって一つにされ、キリストが王として治められます。クリスチャンは、その王国を受け継ぐ者になります。新しい天と地です。そこに、あなたも私も、愛する人たちもともにいるのを見れば、感謝と歓喜にあふれることでしょう。

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