エペソ書⑩聖霊の証印

「またあなたがたも、キリストにあって、真理の言葉、すなわちあなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられ、これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」(エペソ1:13、14)

神は「天にあるすべての霊的祝福」をもって祝福してくださいました。その祝福とは、

①世界の基の置かれる前からキリストのうちに選ばれていたこと、

②キリストによって神の子とされたこと、

③奥義を知らされたこと、

④神の国を受け継ぐ者とされたこと、そして、

⑤神の国を受け継ぐ保証として聖霊の証印を押されたことです。

真理の言葉を聞いてキリストを信じた者は、神の国の属する者として聖霊の証印を受けます。新しい契約による救いの保証です。エレミヤ書31章32節に、「私は私の律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書き記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる」とあります。その心に刻まれる律法こそ聖霊です。

救われているかどうかは、気分の問題ではありません。聖霊の証印が押されているかどうかです。人間の心は脆いものです。苦難にあえば、たやすく信仰心が揺らぎます。疑いも起こります。希望を見失ってしまいます。そんなクリスチャンでも、いや、そんな弱い人間にこそ、神は憐れんで聖霊の証印を押してくださったのです。

この証印があるかぎり、誰が何と言おうと、自分がどう感じようと、救いは保証されています。キリストを信じるとは、聖霊の証印が押されたということです。新型コロナワクチン注射を受けただけでも(私はまだですが)、気持ちが自由になり生活も変わることでしょう。ましてや永遠のいのちの保証である聖霊の証印を受けたなら、人生自体が一新するはずです。

聖霊は私たちに、来たるべき神の国の栄光と喜びを「味見」させてくださいます。私たちが地上で体験するどんな栄光も喜びも、「神の国」の部分的な味わいに過ぎません。しかし、やがてそのすべてを味わう日が来ます。聖霊はその保証です。

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