「どうか私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の霊をあなたがたに与えてくださいますように」(エペソ1:17)。
真の神を知ること、それが私たちの人生を決定します。創造主なる神と出会い、この方の永遠の計画を知らないかぎり、生きる意味や目的はわかりません。人間がなぜ、何のために存在しているかは、人間を造った方だけがご存知です。造られた者である人間が、自分でどんなに一生懸命考えてもわかるはずないのです。神を求めずに自分探しをするなんて、死海のど真ん中で釣り糸を垂れるようなものです(将来は恵みにあずかれますが。エゼキエル47:10)。
しかし、19世紀後期のヨーロッパ人(ニーチェ)が「神は死んだ」と宣言して以来、創造主を見失った人々は、生きる意味や目的が全くわからなくなっていきました。今や、目的や意味などというものは、もともと存在しないと断言しています。でも、目的も意味もなく生きることはできないので、生きている間だけの目的を自分で作って、虚無感から逃れようとしているのです。はっきり言えば、自己欺瞞で生きているのです。でも、欺き切れないので、ときおり虚無感に苦しむことになります。
クリスチャンであっても、虚無感に陥ることがあるなら、創造主とのつながりが弱く、不明瞭になっているからです。 神のことは神にしかわかりません。神は、自らをはっきりと現すためにキリストと聖霊を遣されました。キリストは言葉と人格と行いをもって、神がどういうお方かを示されました。キリストを知るということは神自身を知ることです。そして聖霊は、そのキリストを正確に解き明かし、体験的に悟らせてくださいます。それが「知恵と啓示の霊」です。
神を知るためにはキリストと向かい合うこと。キリストと向かい合うためには、「知恵と啓示の聖霊」を求めること、これが基本です。この「知る」とは、単に知的に知ることではなく、聖霊によって、言葉と行いを通して体験的に知ることです。これ以外に、創造主とのつながりを強くし、神の国の祝福に深く入り込む道はありません。

