「また、神は一切のものをキリスト足の下に従わせ、一切のものの上に立つ頭であるキリストを、教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、一切のものを一切のものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1:22、23)
キリストは「主の主、王の王」です。キリストは一切のものの上に立つ頭であり、一切のものがキリストの足の下にあります。それが神の国です。
教会はそのキリストの体です。天にあるすべての祝福で満たす方キリストが、満ちておられるところです。ならば、教会こそ、神の恵みと愛があふれるところであり、癒しと慰めの場であり、神の力が現れる場です。キリストが「羊飼い」なのですから、教会には乏しいということはありません。
これが教会の真の姿です。目指すべき教会の姿というのではなく、すでに、現実にそうなのです。私たちクリスチャンは途方もなく偉大なものに属しています。パウロは、そのことを知ってほしい、神の偉大な力を体験してほしい、体験して驚いてほしい、と願っているのです(17~19)。
しかし、私たちはややもすると、私たち自身の信仰の力と勢いで、キリストが満ち満ちている真の教会を建て上げようと考えます。まず教会組織やグループを作り、集会や伝道計画を立て、目標を掲げ、その達成のために力を尽くし、その成果で主の栄光を現そうとします。これでは、最初はよくても、疲れ果ててしまう時が来ます。不平不満も生じます。場合によっては分裂を引き起こします。キリストの恵みではなく、信徒の信仰や行いを土台にして、教会を動かそうとするからです。恵みを喜ぶことなく、聖霊の満たしだけを別メニューで一生懸命求めることも疲れます。
逆なのです。私たちは、すでに恵みと栄光に満ちた教会に呼び集められました。その恵みと祝福を感謝し、喜び、堪能するところから、おのずと教会の活動は始まります。人に命令されるのではなく、恵みに満たされた人が聖霊に促されて、そうするのです。
それでも、疲れるときがくるかもしれません。そのときは休んで、原点に戻り、教会に来ている神の国を喜び楽しむことから再開すればいいのです。

