お金で買えないものは必要ないもの?

メディアに彗星のごとく現れ寵児のようになっているライブドアの青年社長堀江氏は、「おカネで買えないものはない」「儲かることなら何でもやる」「夢はない」「おカネの前ではすべて平等」と公言します。本気です。 

彼に「お金で買えないものがある」と反論してもムダなようです。彼にとって「おカネで買えないもの」とは、「存在しないもの」のことなのですから。そしてもし「お金で買えないもの」があったとしたら、それは彼には「必要のないもの」なのです。「存在しないもの」はもともと買えないし、「必要のないもの」は買う必要はない、しかし存在するもので自分にとって必要なものは、みなおカネで買えるというわけです。たとえば、彼には神や永遠の命は「存在しないもの」であり、愛や心や信用はお金で買える以上には「必要ないもの」です。 

「おカネで計れないような価値を広めたくないか」という質問に、彼は「そんなことに何の意味があるのか」と反論し、「おカネで買えない価値がある」というのは努力しない人間や才能がない人間の逃げ口上だと一蹴しています。おおよそ聖書の「神」を「カネ」に置き変えたのが、堀江版「聖書」だと言えましょう。 

なので、彼の目にはお金で買えるものしか映らず、彼の世界はお金で買えるものだけで成り立っています。それは人間の頭で理解できることだけで自分の世界を築き、理解できないことは必要ないとする態度と同じです。 

しかし、私たちは「この世界が神の言葉で造られたことを悟り、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです」(ヘブル11:3)。お金で買えるものはお金では買えないものでからできたのであり、頭で理解できることは頭では理解できないものによって造られたのです。そして、お金で買えるものや頭で理解できることでは、目に見えない心は満たされないのです。目に見えないものは「心の貧しい人」(マタイ5:3)の謙虚な心に映ります。(2004年11月24日)

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