「耳を貸せ、黙れ」

「現代の有様を見れば、社会全体、生活全体が病気だと言わざるを得ない。もし私が医者で、ではどうすればいいのかと問われたら、躊躇せず答える。『第一の薬は沈黙である。人々を黙らせよ』と。神の言葉はこんな有様では聞きとられるものではない・・・だから、沈黙を創り出せ。」

クリスチャンで哲学者のキルケゴール(1813-1855)の弁です。 

立ち返って静かにし、主に委ねて黙って待つ(イザヤ30:15)ことは大切です。人は苦しみに遭うと多弁になりがちです。しかし、主に信頼して何も言わずに過ごすのが最善である場合が多いのです。 

自分の理屈をまくし立てるヨブに対し、エリフが命じました。「耳を貸せ。ヨブ。私に聞け。黙れ。私が語ろう」(33:31)。そヨブがそれに聞いたとき、主が主の知恵を語り出されました。祈りも、ただその時間を自分の言葉で埋め尽くしていくのではなく、心を神の言葉で満たし、黙って主の声を聞くことも必要です。「主よ、私がいつも祈っている事柄はあなたがすべてご存知です。それらはすべてあなたに委ねています。今はただ、あなたと黙って交わらせてください」と申し上げ、あとは聖書の言葉に思いをはせます。雑念が入り込んでも、そのたび、「すべてあなたに委ねてあります」と言い、御言葉の黙想に戻すのです。 

また、口を黙らせることも大切ですが、心を黙らせることはさらに大事です。人間、口よりも心のほうがおしゃべりだからです。心の中は人に聞こえないので、欲望、怒り、思い煩い、不平、悪口、言い訳、自己弁護、自己憐憫の言葉が、ぶつぶつ繰り返されます。これを止めさせるのも、やはり神の言葉の黙想です。 

また、この世の喧騒に耳を塞ぐことも必要です。もちろん有用な情報もありますが、余計なことは耳に入れないことです。人の噂や悪口を聞かないことも肝要です。そうしたことを耳に入れて、心の静けさを失うのは結局自分なのですから。2005年2月6日

(今なら、スマホに安息日を設けるといいですね)

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