盲目の少女の「満足する決心」

ファニー・クロスビーは、物心ついた時には失明していました。しかし、心に「満足という小さな宝石」を保つ決意をし、それを生涯の慰めとすると自分に宣言します。そして8歳の時に、その決意を詩に表しました。 

「私はなんと幸せな魂。目は見えないけれど、私は満足する決心をした。目の見える人たちが知らない祝福を、私は味わっている。目が見えないからといって、私は泣いたり落ち込んだりは、できないし、しない。」 

それは、使徒パウロの言葉を土台にした決意です。 

「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:11-13)。 

1858年、彼女は38歳で結婚し、子供を授かりました。しかし、ほどなく亡くしてしまいます。その悲しみの中で一片の詩を書きます。

「イエスの御腕に その御胸に 静かに憩う我はやすし・・・」 

それが『聖歌』として残りました。彼女の幼い時からの決心が、30年経っても、少しも変わっていないことを示す歌です。その詩は、今日まで、悲しみに打ちひしがれた多くの人々を慰めてきました。 

ところで私たちは、昨年来から「いつも喜んでいる」決心をしました。さらに今年、「すべてのことについて感謝する」と決意しました。この人生、何が起ころうとも永遠の命を受けています。神の愛から私たちを切り離すものはありません。どんな状況に置かれても、喜び感謝する理由を奪われないのがクリスチャンです(ローマ8:38、39)。

(2006年4月2日)

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です