1927年、リンドバーグが大西洋単独無着陸飛行に成功して、ニューヨークに戻ったとき、歓迎祝賀会で大勢の人を前にして、こう語ったそうです。
「オウムは飛べないが、よくしゃべります。私はオウムではありません。ですから、私もこれでスピーチを終わります」。
飛べない小鳥はよく鳴く。一方、タカやワシなど、大空を飛ぶ鳥はほとんど鳴かない。で、よく飛んだリンドバーグは何も語らないというわけです。実際は、口下手だったのかもしれません。でも、それが彼を守ったかもしれません。
イスラエルの偉大な指導者モーセは、口下手でした。それで、兄のアロンが彼に代わって口となり、神の言葉をイスラエルの民に向けて語りました。そのおかげで、モーセは口で失敗する機会が激減し、アロンは逆に増えたのではないかと思います。実際アロンは、ときどき余計なことを言って、とんでもない事件を引き起こしています。
しかし、そのモーセも、水がなく喉が渇いたと言って逆らう民に、ただ一度、直接自分の心情を口に出してしまったことがありました。そのときは、主から「杖を取って、岩に命じよ。そうすれば岩は水を出す」と言われていたのですが、不平ばかりを並べてる彼らに、たまらず怒りをぶつけたのです。
「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか」(民数記20:10)。それは、主の御心にかなわない、余計な言葉でした。その自らの口に誘導されるかように、杖をもったモーセの手が上がり、岩を二度打ちました。水は出てきましたが、神の栄光を損ねてしまいました。そして、その一度の失敗のために、約束の地に入れなくなったのです。40年、何のために労苦と忍耐を重ねてきたのか。悔やみきれない失敗でした。
口が行動を誘導します。口で失敗しない者はいないでしょう。口下手のモーセの失敗は、私たちへの警告です。身につまされます。(2008年6月8日)

