主も喜び歌われる

「あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる」(ゼパニヤ3章17節)。

主は、あなたをあなたに造ったことを、高らかに歌って、喜んでおられます。主が私のことを喜んでおられる・・・なんだか嬉しくなりませんか。

「いや、そんなこと、とても信じられない。私はもっと恵まれた条件や環境のもとに生まれたかった。良い性格や容姿や能力をもって生まれたかった。」そう思われる方もおられるでしょう。実際、自分に生まれたことを喜べない人は多いようです。私もそうでした。

しかし、それでも創造主は、私たちを私たちに創造したことを手放しで喜んでおられるのです。しかも私たちの存在を楽しもうとしておられます。信仰とは、主が私たちを喜ばれるように、自分を喜ぶことでもあります。自分が自分に造られたことに感謝し、主と同じように自分を楽しむのです。

「いや、私はほんとに情けない人間です。そんな私を喜ばれるはずがない」。あるいは、「私は十分に祈るもせず、主の存在を忘れてしまうことさえ多々あります。主が私を喜び歌われるなんて思えない」という方もおられるかもしれません。

ところが、それでも、主は変わらずあなたのことを喜び、歌っておられるのです。それが、独り子イエス・キリストを罪人の身代わりに十字架にかけた主の愛です。

この愛が悟れたら、私たちの考え方は一変するはずです。心が軽くなります。「主は私を喜ばれ、私の人生を楽しまれる。」この信仰から、人生を再出発させるなら、自分の人生がいとおしくなります。ワクワクし始めます。 そうなれば、今度は、私たちが主を喜び、主のなさることを楽しめるようになります。それが、私たちが主を賛美し、声を上げて歌う理由です。主に喜ばれ、主を喜び、主に楽しまれ、主を楽しむ。このような親密なつながりの中で、人生を建て上げていくのです。(2025年9月7日週報)

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