クニがあったことはどうやって分かるか―佐久にあった赤い土器のクニ

弥生時代、日本にも稲作が広がりました。稲作は、人々の協力が必要です。そのため村ができ、それぞれの村にはリーダーが立てられました。強い村は弱い村を吸収し、クニができていきました。これがその後の大和朝廷を中心とする日本の原形につながっていきます。

佐久には、縄文時代から河川の周辺に集落が作られ、弥生時代に稲作が始まると、他地域と同様にクニができていきました。その中で、「赤い土器のクニ」と言われるクニが現れます。土器の表面(主に壺などの器種)を、酸化第二鉄(Fe₂O₃)であるベンガラで赤く塗るのが大きな特徴です。審美性と、土着信仰から出ている特徴と思われます。土器の表面を塗る習慣自体は、当時九州にもあったので、その影響を受けたと思われます。ただ、赤い土器は信濃の中部高地エリアで発達した独自の文化で、北は飯山、南は松本、東は佐久にまで広がっていました。昭和の初期に、岩村田で赤い土器が発見され、「岩村田式土器」と命名されましたが、後にはこの信濃中部高地地方にあったクニの文化の一部であると結論づけられました。

逆に、このクニの範囲は、この赤い土器が出土するかどうかで、判断されます。同じクニの人は、同じような特徴を持つものを作るからです。

神の国もそうです。同じ国に属する人は、同じようなものを作ります。どんなものを作っているかで、その国があることを、人々は知ります。 神の国の人が作るものの特徴は何か。それはキリストです。モノとしては、世の中の人々と同様のモノを作る場合もあるでしょう。例えば、私は未信者との接点を作るために英語の塾を開きたいと願っていますが、世の中にも英語の塾はあります。しかし、そこにキリストのご性質が見えることで、これが神の国のものだと分かる。信仰の創始者であり完成者であるイエスの限りないへりくだりがそこにあるか。そういうことが、神の国を広げるということです。それなしには、私たちの働きはいよいよ、世の中と同じものになってしまいます。どんなに人が集まっていても、主にあっての実を結びません。キリストのご性質があってはじめて神の国の実は結ばれるのです。(2026年6月15日週報)

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