人生の目的は主の栄光

『ウェストミンスター小教理問答書』(1640年)は、次のような問答で始まります。

Q1 人の主な目的は、何ですか。 

 人のおもな目的は、神の栄光を現わし、永遠に神を喜ぶことです。

Q2 神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。 

 旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です。

人生の目的は、世が唱えるような自己実現、自己発見、自己啓発などではけっしてありません。神の栄光を現わすこと、つまり神がいかに偉大であり、聖く、力強く、慈しみ豊かな方であるかを、人生を通して現わし、神を喜びとし、賛美していくことです。それゆえ神は、人間を「神に似た者」「神のかたち」に造り、「非常に良かった」と宣言されたのです。詩篇は「主をほめたたえよ」という賛美があふれています。

ある北欧の牧師がこんなことを語っていました。

「初代教会の『福音』を、ヨーロッパの教会は『学問』に変え、アメリカの教会は『商売』にしてしまった」。「学問」とは哲学、心理学のことであり、「商売」とは礼拝をショー化して献金を集めることです。

神の栄光を現わし、神を喜ぶための唯一の指針は、聖書の神のことばだけです。欧米の近代合理主義の哲学思想が世界に広がり、人間中心主義の神学が世界の教会に浸透してしまいましたが、その本家である西欧の教会はゾンビ(すでに死んでいるが、生きているかのように動いている)状態になっています。

日本でもキリストの福音が「学問」になり、自己実現の道具になりつつあります。そんな風潮に乗っていると、教会はやがて消えていきます。そんな時代の流れに左右されず、数千年来変わることのない神の言葉に立たなければ、神の栄光は見えてきません。 私たちは神の栄光を見ることを願います。キリストは言われました。「信じるなら神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか」(ヨハネ11:40)。それがGCCのテーマ聖句です。(2026年6月21日週報)

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