横根の新会堂に来るとき、9号線を北上する人が多いと思います。旧中山道は、岩村田からツチヤオート小田井店くらいまでは、9号線と重なりますが、ツチヤオートを過ぎた「小田井南」の交差点からは、9号線よりも右側にルートを取っていました。そこにあったのが、宿場町「小田井宿」です。
小田井宿は、岩村田宿(今の岩村田商店街あたり)と、軽井沢の手前にある追分宿の間に位置し、江戸時代には「姫の宿」と言われました。大名は追分に宿を取り、女性は小田井宿に泊まったからです。旅籠5軒の小さな宿場町でしたが、追分のサテライト宿としてその役割を果たしていました。
明治期になり、鉄道をどこに通すかという話が持ち上がります。旧街道は人馬による物流が盛んで、それに沿って路線を敷設するのが順当です。でも、小田井宿の人々は反対しました。理由は、①鉄道のせいで既存の人馬の物流による商売に悪影響が及ぶ、②鉄道の振動のせいで稲が育たなくなる(風説ですね)などです。
それで、鉄道は小田井宿を通らず、旧街道から離れた御代田を通ることになりました。浅間山の傾斜のため、スイッチバックにするという苦労をしながら、御代田駅ができ、その後どうなったか。時を経て、御代田は今栄える人気移住エリアとなり、小田井にはのどかな田園が広がっています。田園であることが悪いと言っているわけではありません。300年前の人々の決断が、300年後の地域の様子を決定しているということを言いたいのです。
300年前の決断の理由は、どれも、今はもう理由として通用しません。人馬による物流はそもそもなくなりましたし、鉄道の振動は稲の生育に影響を与えません。一方、何が理由であれ、決断は影響を与えます。 私たちはこの人生で様々な決断をします。決断に対して理由を持ちます。ただ、今正当で論理的に見える理由は、数百年経ったら事情が変わり、通用しない場合があります。決断の理由が主であるなら、どんなに時代が変化しても、数百年後、もっと先かもしれない、主にあって実が結ばれます。理由が主である決断を、下していきたいものです。(2026年8月16日週報)
