20年近く前(1980年代)、某国の某一流百貨店の地下ショッピング街で、ダンヒルのワレットを買いました。皮製で使い勝手もよさそうで、品物としては適正と思えました。しかし、お金を払ってから、店員は「本物よりもいいですよ」などと言うのです。つまり、ブランドのフェイク(偽物)でした。私はブランドなどに興味がなく、ダンヒルが何なのか知りませんでした。偽物のなので、今も使わぬまましまってあります。
それにしても、「本物よりもいい」という自信があるなら、なぜ堂々と自社名で売らないのか。無名でも良い品なら、その良さを認めて買うたちが必ず出てくるはずです。物は良くても、「偽物」として製造販売するなら、いつまでも会社の品格は育ちません。
先だって、日本の公正取引委員会が外食産業に対し、「成型肉をステーキと呼ぶことを禁じる」お達しをしました。成型肉とは、一枚肉の「ブランド」ステーキに対する、いわば「フェイク」ステーキです。ブロックで取れない部分の肉を、食材活用技術で巧みに合わせて、ステーキに見えるように「整形」したものです。カバンや靴などは堂々と「合成皮革」と表示しているのですから、成型肉も正直に「合わせ肉」と表示して適正価格で売ればいいのです。
すしネタにも合成イクラがあります。本物よりもカロリー控えめで、健康を気にする人がよく食べられるそうです。なので、むしろ低脂肪の合成イクラと正直に表示したほうがいいのです。
「本物ではない」という屈折した思いがあるなら、品格は生まれません。クリスチャンもそうです。「自分は行いが立派ではないから、偽物クリスチャンだ。クリスチャンと名乗るのが恥かしい」といった卑屈な考えは捨てるべきです。それではキリストの品性に似ることはありません。そもそも自分は惨めだと自覚する謙虚さがあったからこそ、キリストに救われたのではありませんか。
弱さや失敗が多いがゆえにキリストに信頼してやまない人は、本物のクリスチャンです。「私は本物のクリスチャン」という自覚で生きることで、日常の行いの中に信仰が現れるようになり、品格も備わっていくのです。(2006年5月14日)

