紀元前三世紀の北ギリシャ・エピロスの王ピュロスは戦術の天才でした。あるとき、王の側近のキネアスが王に尋ねました。「ローマを征服したら、その後はどうしますか?」「イタリア全土を征服しよう」「その後は?」「シチリアを取ろう」「その後は?」「カルタゴとリビアを」「その後は?」「マケドニアそしてギリシャ全体を」「その後は?」
王は笑って、「飽き飽きするほど休もう。毎日酔っ払って思い出話をして過ごそうではないか。」キネアスは諭すように言いました。「それなら、今でも十分にできるのではありませんか。もう他国の人々の多くの血を流さなくても」。王は不機嫌になりました。そうして、結局、戦いの道を進んでいくのです(ギリシャの史家プルタルコス)。
ピュロスはローマ軍と戦い、連戦連勝でした。しかし、ピュロス軍は遠征を繰り返すたびに将兵を減らしていきました。彼は、「またローマ軍に勝利しても、われわれは壊滅することになるだろう」と嘆息したといいます。このことから勝ち続けても、勝利に意味がないことを「ピュロスの勝利」というのだそうです。
ピュロス王の最後はどうなったか。アルゴスの政争に介入し、その戦いの最中にある女が落とした瓦が当たり、気絶して死んだそうです。女が投げつけた臼石で頭蓋骨を砕かれ、不名誉な死を遂げたアビメレクを思い出させます(士師記9:53)。
命をかけ多くの領土を獲得しても、結局は今と同じく酒に浸るだけのことです。それ以上の何の実も結ばない戦い。戦って、勝っても勝っても、滅びに向かうだけ。なんとも空しい戦いです。
今日も、そんな競争や戦いが繰り広げられています。
ゴールのない戦いに陥ってはいませんか。今、努力を重ねてどこに向かっていますか。私たちのゴールはキリストです。キリストにある永遠のいのちです。
「ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません」(Ⅰコリ 9:26)。

