AIは意識(意思、心)を持つようになるか。意見は、学者たちの間でも二つに分
かれています。
AIは自分で進化する可能性があり、自分自身の意思を持つようになり、人間の
意思と対立するようになるとする人たちと、AIとは所詮コンピュータであり、コンピュータとは計算機であって、AIが意思を持つことはあり得ない、という人たちです。
このように意見が大きく食い違うのは、根本的に信じていることが違うからで
す。AIが意識を持つと主張する人たちは「人間は機械だ」と信じており、それに反対する人たちは「人間は機械ではない」と主張します。
ところで、西欧にはもともと人間を機械とみなす思想があります(18Cフランス
の哲学者ラ・メトリー『人間機械論』など)。体だけでなく、意思や感情なども脳の中で起こる生化学反応としてとらえます。つまり、心も、物質の化学現象だというのです。AIが意思を持つようになると考える人たちは、その流れを汲む人たちです。人間の自由意志や感情も、単なる生化学反応であり、精神活動ではないと言い切ります。
もちろん神に創造された人間は機械でありません。人間は霊的な生き物であり、
霊的であるとは、霊である神と交わることができるということです。AIは神と交わることはできません。たとえ、聖書を説き、祈り、讃美歌を作ったとしても、ただの機械です。
AIはすでに知識の蓄積、計算、処理能力において、人間をはるかに超えていま
すが、今後さらに進歩し、意識を持っているかのように振舞ったとしても、やはりただの機械です。AIに神の霊が吹き込まれることはありません。
人間は、物理的力においてはロボットに圧倒されています。知識・情報力ではA
Iに勝てません。でも人間には「第三の力」が聖霊よって与えられています。人間は創造主に愛され、交わることができます。それゆえ、主と豊かに交わることが、人間が尊厳を守る唯一の道なのです。私たちは、キリストとの直接的な交わり、兄弟姉妹との交わりを大切にし、ともに体で集まって、一緒に礼拝を捧げます。(2026年7月26日週報)
