メシアニック・ジュ―(イエスをメシアと信じるユダヤ人)のイーラン・ザミールが、西岸自治区のアラブ人の町を車で通りかかったとき、突然少年が道路に飛び出しました。ブレーキを踏みましたが間に合わず、その13歳の子は死んでしまいました。耳が不自由でクラクションもブレーキの音にも反応できなかったのです。
ザミールは遺族に謝罪したいと願いました。しかし、それを聞いたユダヤ人たちも警察も、それはとんでもないことだと止めにかかりました。アラブの伝統では、遺族は息子を死に復讐することが許されていたからです。それでもザミールの決意は固く、アラブ人の牧師に頼んで、和解の席(ヘブライ語でシュルハン、アラビア語でスルハ、和解の食事)を設けてもらいました。
遺族と向かい合い儀式的な食事がすむと、テーブルには互いのコーヒーカップがまだ口をつけないまま残されていました。伝統では、父親が先に口をつけると赦しと和解のしるしとなります。
最初、父親の険しい表情のために、その場の空気は張りつめていました。ところが突然、父親の顔が緩みました。そしてザミールの顔を正面から見据えると、満面に笑みを浮かべ、ザミールに向かって両手を広げたのです。父親はザミールを抱きしめ、彼の頬に三度接吻しました。それを合図に、同席していた人々は互いに握手し始め、父親はコーヒーを一口すすりました。こうして、その場の張りつめた空気は一気に解けたのです。
しかし、それで終わりませんでした。驚くべきことが起こりました。
遺族側の代表者がザミールに向かい、こう告げたのです。
「私の兄弟よ。実は、君は亡くなった息子の席に座っている。君にも家族があり家庭があるだろう。しかし、知ってほしい。ここは君の第二の家庭なのだ。」
なんとパレスチナ人の家族が、息子を死なせたイスラエルのユダヤ人を、自分たちの家族として迎え入れたのです。
これが、父なる神が、独り子イエス・キリストの死を通して、私たち罪人を神の家族の子供として迎え入れてくださる「和解の席(シュルハン)」、テーブルフェローシップです。(2026年9月6日週報)
